今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

遺書みたいなもんが書きたくて〜その1/これがまた雑なんだな

 新宿が廻る。乾いた風が、どこまでも続くアスファルトを這いながら、やがて埃と共に巻き上がる。ゲラゲラと笑う通行人の肺の奥に忍び込んだ粒子は退屈な生命を知る。ビルのビジョンに映し出されたミュージシャンの訴えは、憂鬱な足音に掻き消された。不規則に刻むリズムが、まるでこの街の歴史とでも云うように数多の捨てられた煙草で汚れた地面が物語る。
 神様がいるのなら、さぞかし退屈をしているだろう。また失敗した。世界は、人間は、動物は、あまりにも愚かで単純だ。その単純さが故に、世界は退屈から抜け出せない。誰か一人の幸せだけを願い合う恋人たちの真上を核ミサイルが通り過ぎて行った。誰かが“流れ星だ”と言った。一瞬にして燃え尽きる世界を前に、未亡人は愛を誓った。神は、その声を聞いて、また次の創生を始める。おそらく次も失敗だ。
 酩酊する時代を潜り抜けて、見えない情報が行き交う。ホテルの一室、男は掌から嘘を塗した記号を飛ばした。その指先は、先程まで女の手中にあった。異次元を抜けて記号は、また別の女の鞄の中へと忍び込む。冷めきった未来を、信じて疑わない心は、その先の未来を悲しませた。しかし感情などは真夜中になればインスタントな快楽が掻き消してくれるのを女は知っていた。男もまた、文明の利器に与って遺伝子を貪る。しかし科学者は愚かな男女を嘲笑った。その心臓を一突きして、溢れ出た血液をコンドームに溜めてゴミ箱に捨ててやりたいと思った。それがなによりの証明になると思った。神は、そのすべてを呆れ返った。なにひとつ答えに届いていない。ましてや愛を語りすらしない男女は、遺伝子の壁さえも越えられていない。その哀しみに、途方に暮れた。
 テレビのチャンネルを延々と切り替える。次へ次へと。テレビの世界に方角はない。つまり温度がない。どちらへ向かえば、辿りつけるのか。延々と切り替える。部屋で無機質に動く加湿器が、淡々と湿度をあげていく。グラスに注がれたミネラルウォーターは、ぬるくて喉に妙な感覚を残した。起き上がるのも退屈になってベッドに横たわる。デジタル時計が刻々と時を刻む。ふとした瞬間に幼少の頃を思い出す。遊び疲れた身体で眺めるバラエティ。気が付けば9時を回り、やがて眠りに就く。外は静まり返り、明日のことに思いを馳せることもない。生きていることに疑問すら抱かずに、やがて大人になる時を待つ。そんな恐ろしいことはない。しかし確かなのだ。僕は、その時間をおそらく最も“楽しんでいた”。限りある命であることも考えずに、永遠を信じ込んで成長する自分を顧みることもなかった。好きな子に鼓動を高鳴らせたあの頃と、今の胸の痛みは変わらないのだろうか。
 幸せは暗闇の中でこそ光るというのなら、なぜ人々はそこから抜け出そうとするのだろうか。いいや、違う。暗闇を知った人間こそが幸せを強く感じるのだと哲学者は語る。いずれにせよ、それが絶望であるのか希望であるのかは、その身を犠牲にしないと知れない事実である。もはや客観的事実など問題ではない。想像という名の麻酔を脳に撃ち込め。滴る雨音のひとつひとつに耳を澄ます感受性など捨て去れ。行き交う人々の言葉のひとつひとつを、適当に消化していくのだ。そう、すべての人々が愛について語り合っているかのように、錯覚せよ。やがて堅く鈍い足元のアスファルトは幸福で敷き詰められた絨毯へと生まれ変わる。
 明日には終わるような生活を乗せて電車が新宿のホームから無数に走り出していく。今日も誰かが命を落とした。自ら絶った。自殺をした。最後の燈火を誰かが“流れ星だ”と言った。一瞬にして燃え尽きる世界を前に、遺された世界は昨日と同じような退屈を愚痴った。不規則に刻まれるリズムが、まるで退屈な生命の証明とでも云うようにビルのビジョンに映し出される。誰か一人の幸せを願い合う恋人たちの真上から神様が嘲笑している。あまりにも目論見通りだ。しかし失敗だ。また失敗だ。神は丁寧にスプーンで掻き混ぜた。新宿が廻る。