今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

home sweet home/山田稔明[レビュー・感想]

ニューアルバム「新しい青の時代」が7月7日に発売予定で、現在は公式HPなので先行発売の行われているアーティスト山田稔明。
彼にとってソロ・シンガーソングライターとしての3枚目のフルアルバムとなる。
前作までは「pilgrim」「home sweet home」といった対になるアルバムを生み出してきた彼だが、新作はどうなるのだろう。

ここでは、前作2枚目のアルバム「home sweet home」について個人的かつ些細な愛情を書き綴りたいと思う。
「pilgrim」というアルバムが「旅路アルバム」と呼ばれ、様々な風景を巡るアルバムであったのに対し、「home sweet home」は「家路アルバム」と呼ばれ、それまでの旅路を回想しながら家の灯りを眺め頼りに歩みを近付けてゆくアルバムとなっている。
「pilgrim」が強い旅立ちの意志、人生に対する決意や思いが表れていたのに対し、「home sweet home」は誰かを想う心や振り返る刹那を癒す景色が添えられたアルバムであると思う。

いま思うと、フィッシュマンズのベスト「空中」「宇宙」をモチーフにしたかのような、オマージュしたかのようなジャケットだなと感じる。
そして、山田氏本人も述べているように、なんらかの楽曲をモチーフにした歌も少なくない。
それは「思い出」や「記憶」がスパイスとなって、人の言葉に溶け込んでいく、人の生涯、ありさま、そのものであり、人を模るとはそういうこと、人は、人によって生きているということを表現しているかのような。

それはまるで、「距離を越えていく言葉」で語られる様に。

安易な言葉語りになってしまうけれど、僕らの中には、常に誰かがいて、その思いを伝える為に、誰かの力を常に借りているのかもしれない。

そんな、「意識」と「記憶(≒距離)」が溶け込んだアルバム。

home sweet home

home sweet home

M-1.harvest moon
前作「pilgrim」にあった「harvest moon theme」が新たに生まれ変わった様な、そもそも「harvest moon theme」が「harvest moon」の長いイントロであったような、そんな楽曲だ。
物語のはじまりを予期させるイントロと、扉が開くかのような展開、そして夢の中へと足を踏み入れていく様な、はたまた夢から覚めるかのような五線譜の旅。
数多の音に導かれて、僕らは家路を辿りはじめる。いままでの旅を思い返しながら、昨日までと、明日までに、交互に思いを馳せながら。

M-2.歓びの歌
傑作だと思う。詩として、歌詞として、メロディーとして、傑作だと感じた。
この楽曲をはじめて聴いた時、心の震えが止まらなかったし、なんて素晴らしいんだろう、これこそが山田稔明にしか書けない世界観であり、尚かつ山田稔明の世界観を凝縮した傑作としての至高の楽曲なんじゃないかと思った。
前作「pilgrim」というアルバムで「blue moon skyline」という楽曲が「携帯 鍵 財布とカメラ 飴玉いくつかと読みかけの本」と旅に出る準備をしている描写から歌が始まったことに対し、この「歓びの歌」では「ベースボールキャップとお気に入りのシャツ 昨日と同じカバン」と旅を続けてきた旅人の持ち物についての描写から始まる。
その後の「かかとの擦れたスニーカーは僕のくたびれたブルース」は、その旅人がどれだけ旅を続けてきたのかがよくわかる。やがて、相棒の姿が歌の中には見えてきて、その相棒とは、もしくは誰かを想いながら旅を続けてきた、そして家路を辿りはじめた主人公の三拍子が綴られる。
サビのメロディーと歌詞で綴られる夢に対するメッセージは、孤独にも旅を続けようとする僕らの背中をそっと押してくれる。

M-3.home sweet home
「歓びの歌」とは打って変わって、特に大きな場面展開はなく、暗闇の中でただただ小さく優しい灯りを頼りに歩を進める旅人の歌。
「すれ違う幽霊とくすぐったい思い出」というフレーズがとても印象的だ。それだけに主人公は、過去とすれ違いながら、回想を重ねながら現在へと歩いて行っているのだろう。
アコースティックギターの優しくも暖かなフレーズが物語を紡ぎ出す。目を瞑れば他の器官が冴える様に、いつもは感じることのできなかった思いや音に気付くことのできる楽曲。
ちなみに"home sweet home"というフレーズは「ただいま」という意味合いもあり、そう考えると、この楽曲そのものが帰る場所を求めて、帰る場所を思い浮かべながら家路を辿る曲のように感じる。

M-4.クレールとノアール
カントリーソングのような軽快で爽やかな歌。「Simon & Garfunkel」の「Cecilia」みたいな。
バンジョーがいい味を出していて、まるで夢の中にいるような音楽が丁寧に繊細に紡がれている。
「クレールとノーアル」は山田氏がブログでも解説していたが、様々なハーブが歌詞の中に組み込まれており、小さな発見をするのもこの楽曲がくれる幸せのひとつかも。

M-5.milk moon canyon
「blue moon skyline」の前身となった曲であり、全篇英語で紡がれた歌。
サビでグッと世界観が広がる開けたメロディーとアレンジが個人的には聴きどころ。
このアルバムが発売された当初、なぜだかよく口ずさんでいたのはこの楽曲のサビのメロディーでそれぐらいにキャッチーでポップな楽曲かもしれない。
そこに乗せる言葉が日本語ではなく英語であったのもなるべくしてなったのかもな、と思った。

M-6.glenville
架空の街を作ったつもりが、実際にはその名の地名で溢れていた、というタイトルの由来。
イントロのウクレレが、旅の終わり際、どこかの町に訪れたような安心感を醸し出していて、想像上の旅路の中で「この辺でちょっと休憩しようかな」という気持ちにさせられる。
これほどまでに情景を綴りながら、強く胸に残る歌があっただろうか。前作「pilgrim」でのタイトル曲である「pilgrim」をより鮮やかに具体的に描き出した楽曲だと思っている。
「pilgrim」では「自分じゃない誰かが 的を得た言葉で 答えを出すと思ってた?」と歌い、「glenville」では「答えをいくつか保留して」と歌っている。

その“答え”を保留しながら、僕らはふらふらとふらついて、次の曲、「hanalee」のような夢の世界へと迷い込んでいく。
まるでその“答え”を最初から持っていたかのように、あるいは、永遠に掴めないものかのように、淡い刹那を抱きながら音に身を包ませる。

M-7.hanalee
ずっと音源化を待ち望んでいた楽曲。
「右も 左も 見渡す限り茜色 ここがどこだか分かるかな?」というのがずっとお気に入りのフレーズで、こんなにも情景描写が繊細な曲があったかな、と思う程。
山田氏は、「ここがどこだか分かるかな?」というフレーズを"神様の台詞みたいなもの"と語っている。まさに聴き手にとってもそんな感じで、一面中に広がった茜色の景色を前に、僕らはなにを思うのだろう、と感じる。
人は、いつかみたような景色と、いままでみたことのないような景色、無理矢理言葉にするとすればそれはデジャヴのような、そんな場所を求めて日々歩んでいるのかもしれないな、と思います。

M-8.星降る街
ピアノとボーカルで幕が開かれる。
このはじまり方は、後に発売される「ひそやかな魔法」と「あさってくらいの未来」へと続いていく。
たどたどしくも丁寧に綴られるメロディーは、誰かを想って描かれるセレナーデのようでGOMES THE HITMAN期の「情熱スタンダード」や「忘れな草」みたいだな、とか思う。

M-9.sweet home comfort
アコースティックギターのイントロのフレーズが印象的な楽曲。ドラムとベース、アコースティックギターのアンサンブルが絶妙で心地良い。
Aメロの譜割りが絶妙で、ひとりごとを呟いているような、思い出話を聞いているようなそんな錯覚に陥る。また、間奏の「ただいま おかえり」のコーラスはライブでも際立ち、心の奥にスッと流れ込んでくる。
あたりまえのメロディーに、あたりまえの言葉を乗せて、あたりまえの感謝を綴る。でも、それはアーティスト山田稔明にしかできないことである。

2番に入った後のベースや、間奏でのギターソロなど、楽曲アレンジも、ちょっとしたギミックが混じっていて、聴いていてとても暖かい。
暖炉に火をそっとくべる様な、暖かなオレンジに手をかざすような、そろそろ旅の終わりも見えてきた、幸せの灯りが胸に灯り始めた、それでも終わりじゃない、これからもずっと“つづく”を彷彿とさせる歌。

M-10.距離を越えていく言葉
まさかこの楽曲がさいごになるとは思わなかったな、という気持ちと、この瞬間に最後を飾るなら確かにこの曲かもしれない、という気持ちがあった。
曲そのものは2005年末ぐらいからあったようで、まさに距離を越えて言葉が紡がれているな、と。
しかし、歌の主人公はどこか不安げで、なにか力強く僕らに訴えかけるのではなく、自分自身に強く問い直すように、祈るように歌う。
その祈りは距離を越えて、みんなが今日もいい日だったと思えたらいいな、と小さな祈りを紡ぐ。

                                                                                                                                                          • -

もうひとつのアルバムについて。
pilgrim/山田稔明[レビュー・感想] - 今日もご無事で。