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“Mr.Children”という生き物の状態を音楽にする / Album:SOUNDTRACKS(Mr.Children)全曲レビュー・感想

 Mr.Childrenのフロントマン桜井和寿は、絶妙な論理と感覚のバランスで「いまMr.Childrenが世間から求められている音楽はなにか」「Mr.Childrenが表現したいことはなにか」を音楽として表現し常にヒットを打ち続けてきた。前々作『Reflection』では、あらゆる世代へ余すことなくアプローチした多面的なMr.Childrenを一枚に収め、前作『重力と呼吸』ではMr.Childrenが持ちうるエネルギーをすべて詰め込んだ前線に立つバンドとして尚、挑戦的で野心的な一枚を世に打ち出した。

 では、本作『SOUNDTRACKS』はMr.Childrenにとってどのような一枚なのか。それは「turn over?」を聴いたときから感じていた“Mr.Childrenであって、Mr.Childrenでない”“ニューニュートラル”なアルバムとなっているように感じる。そのときの熱量はもう手に入らないので、「このミスチル!!なんて自然体で新しいんだ!!」という感覚は以下の記事でどうぞ。

stock-flock.hatenadiary.org

 

ニューニュートラルな時代の幕開け

 事実「Birthday」が発表された頃から、Mr.Childrenは“ニューニュートラル”な状態になっていた。驚くほどに音楽が軽やかで、ストリングスが際立っているにも関わらず、明らかなバンドの状態を表現していた。

 全編アナログレコーディングで行われたという本作『SOUNDTRACKS』は、レコーディングとミックスを担ったSteve Fitzmaurice、マスタリングをおこなったRandy Merrill、エンジニアのDarren Heelisを筆頭とした面々の手によって“温もりのある音”に仕上げられている。

 振り返ってみればMr.Childrenの音は、いつも“鋭さ”があったように思う。それこそエンジニアの今井邦彦さんが常に土台を作りながら、『IT'S A WONDERFUL WORLD』までは海外エンジニアのマスタリングもあったが、以降は国内でおこなわれ『Reflection』を経てまたサウンドメイキングの面での大きなチャレンジや模索がはじまっていったように思う。    

 『Reflection』や『重力と呼吸』は、コンセプトこそ全く違うものの、バンドサウンドが粒立ちシャープなサウンドで、それこそ重力をずっしりと感じさせるような音像でリスナーを魅了した。

 一方で『SOUNDTRACKS』は、軽やかでありながらも温かみのある、そしてなにより“側で鳴っているのに/側で鳴っていない”感覚がある音像だ。臨場感のあるサウンド、とは正直またちょっと違うのだが、『SOUNDTRACKS』は音楽が鳴らされているその場に居合わせているような、そんな感覚がある。

 

Mr.Chilrenという生き物は歳を取る

 歌詞の面で言えば、私は本作を『IT'S A WONDERFUL WORLD』的だな、と感じた。それは桜井和寿にとっての作家性が如実に表れた作品のように思えたからだ。それは誤解を恐れずに言えばとても文学的な側面を強く持つMr.Children桜井和寿の作家性がでているように感じた。 

 「Mr.Childrenがもし生き物として存在していたら、きっといまこんな心情なんだろう」。『SOUNDTRACKS』を聴き終えた時に、そんな風に感じた。“Mr.Childrenという生き物”の思いが、音楽になって響いているように感じた。この作品に綴られる生や死は、人間にとって、だけではなくMr.Childrenにとっての“時間の経過”なのだ。そしてそのMr.Childrenという生き物の自然な状態が、自然な形で、レコーディングされている。『SENSE』が「Mr.ChildrenMr.Childrenを越える」ことがコンセプトであったなら、『SOUNDTRACKS』は「Mr.ChildrenMr.Childrenを描写する」ものとなっているのではないか。

 “いまある生活からの脱却”ではなく“いまある生活との共存”そして“受け入れ”を綴る本作は、きっと時が経っても色褪せない、まるでそれぞれの人生のBGMのように生活に寄り添いながら存在していくのだろう。

 BGMと形容したが、「Mr.Childrenに依存するのではなく、あくまで生活の一部として存在するような、そんな音楽であってほしい」と桜井和寿が折に触れて語るのは決して「BGMとして消費されていく」ことを求めているのではなく、「Mr.Childrenがあることで彩られる生活」を想像して語っているのだろう。『SOUNDTRACKS』は、きっとそんな風に寄り添い続けるアルバムになるような予感がしている。

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M-1. DANCING SHOES

  ブルージーサウンドで展開されるオープニングナンバー『DANCING SHOES』。Mr.Childrenのアルバムは不穏な空気ではじまるものが少なくない。『深海』の「Dive」「シーラカンス」、『シフクノオト』の「言わせてみてえもんだ」、『HOME』の「叫び 祈り」、『SENSE』の「I」。しかし、いままでのそのどれもとまた違った性質のダークさを秘めた楽曲だ。Mr.Childrenが得意とする岡村靖幸的複雑な譜割りと韻で遊びながら、「君は思うよりカッコ良い(DANCING SHOES/Mr.Children)」と地団駄を踏む誰かに呼びかける。「掌」や「ニシエヒガシエ」のようにライブでアレンジ化けしそうな予感もある。

息を殺してその時を待っている(DANCING SHOES/Mr.Children)

 

M-2. Brand new planet

  フジテレビ系(関西テレビ)ドラマ『姉ちゃんの恋人』の主題歌として発表された本作。第一話終了タイミングでyoutubeにスタジオ版ミュージックビデオが公開された。いままでのMr.Childrenの系譜を引き継ぎながらも、いままでにはなかった新しい可能“星”を求める楽曲となっている。鍵盤にあわせて静かに歌い上げられる桜井和寿のボーカルと、1コーラス後にバンドが加速しても尚、主張が強くならないサウンドは本作だからこそできたことだと感じる。

 新しいMr.Childrenを求めて、新しい音楽を求めて、そして新しい人生を求めて、私たちはこれからも旅を続けていく。Mr.Childrenにとっての「終わりなき旅」でもあり「名もなき詩」でもあるような、可能性を求めて美しく音楽を綴る『SOUNDTRACKS』という世界観を代表する楽曲だと思えた。


Mr.Children 「Brand new planet」 from “MINE”

「遠い町で暮らしたら 違う僕に会えるかな?」/頭を掠める現実逃避(Brand new planet/Mr.Children

 

M-3. turn over?

 『turn over?』はハッピーなミドルテンポのポップチューンだ。しかし、歌い出しのフレーズからも感じる通り主人公の恋愛に対する葛藤や苦悩が日常と照らし合わせながら描かれている。“人生で最大の出会い”“人生で最愛の人”に向けて歌ったラブソングであるが、それは決して大袈裟なものではなく、日常から切り取ったワンシーンのような普遍的な愛の歌なのである。

 アレンジも決して壮大な仕上がりではなく、歌始まりという大胆なスタートを切りながらも軽快な8ビートのドラムに乗せたシンプルなアレンジになっている。特にアルバム『重力と呼吸』でよく感じられたような所謂強く押し出された“バンドサウンド”ではなく、楽器隊でいえばアコースティックギターとタンゴが主軸となってアレンジされているような感じがして、そのせいかバンドサウンドでありながらも主張しすぎないアレンジになっているような印象を受ける。

 このロックではなくポップなMr.Children像はいままでであるようでなかったMr.Children像だと感じていて、『Birthday』『turn over?』ともに最低限のアレンジで、けれど“余白を大事にしている”軽快ながらも輪郭がはっきりと見えてくる音像はニューニュートラルなMr.Childrenの時代の幕開けを感じさせる。

 

M-4. 君と重ねたモノローグ

 『SOUNDTRACKS』は、おそらく意図的に短い楽曲が多い。桜井和寿が雑誌のインタビューで「イントロが長いと疲れる」と語っていることから、最近の傾向として長くないものを意図的につくっているように感じる。Mr.Childrenの楽曲は「終わりなき旅」や「GIFT」「fanfare」など5分を越える作品も少なくなく、むしろそこが壮大な展開で魅力的な楽曲も多いのだが、『SOUNDTRACKS』において5分を越えている作品は「君と重ねたモノローグ」と「others」のたった2曲のみである。

 そして「君と重ねたモノローグ」は前半/後半で別れており、BPMも異なる。いわば前半は歌詞つきの歌、後半はインストといった形で展開され、楽曲の雰囲気も違う。「映画ドラえもん のび太の新恐竜」主題歌で、「Birthday」とあわせてプロデューサーに2曲手渡された。直接的には語られていないが、1曲目に手渡されたのが「君と重ねたモノローグ」で、違うアプローチとしてもう一つ展開されたのが「Birthday」だと思われる。

 近年「忙しい僕ら」などでも感じられるような派手さはないが、しっとりと歌い上げるバラードから、後半は映画のエンドロールのようにそれぞれの楽器が弦も含めてしっとりとテンポチェンジして音楽が展開される。

鏡に映った自分の/嫌なとこばかりが見えるよ/恵まれてる/違う誰かと/比べてはいつも/諦めることだけが上手くなって(君と重ねたモノローグ/Mr.Children)

 

M-5. losstime

 L-Rで鳴らされるアコースティックギターアルペジオと、初期のMr.Childrenに見られたユニゾンのボーカルが、不安定さや揺れを演出することで、「losstime」の世界観を美しく表現している。初期のミスチルにとってのユニゾンという手法は、桜井和寿のボーカルの細さを補ったり、ポップさ、華やかさを演出する側面が大きかったと推測するが、本作は楽曲の世界観をより豊かにするための技法のように受け取れる。メロディーラインとしては、例えるなら「車の中でキスをしよう」のような“閉じられた”世界で歌われる、内省的な楽曲。

 

M-6. Documentary film

 これもアルバム発売前にミュージックビデオが公開された楽曲である。“終わりがあるからこそ美しい”ということをストレートに歌った、というわけではなく、私がこの楽曲を聴いて感じたのは“日々淡々と時間が過ぎていく残酷さと、その物語の儚さ”である。『HOME』では日常を歌い、『SUPERMARKET FANTASY』では命を歌ったMr.Childrenが「Documentary film」ではその両方(日常と死)を歌ったように思う。これは「HERO」の2コーラス目で歌われる人生をフルコースで表現した世界観にも通ずる。花が枯れていく喩えこそあるものの、あくまで日常というドキュメンタリーフィルムを歌うことで、そこに儚さや、残酷さを表現する桜井和寿の作家性があらわれた名作。

 アルバム制作初期にレコーデイングが行われ、仕上がってきた楽曲を聴いた時に「このアルバムは絶対にいいものになる」と確信を得たと語られる本楽曲は、情緒豊かなストリングスの展開も聞き所。ミュージックビデオだけで流れるイントロもとても良いです。そして、ギター田原健一の演奏するアルペジオがとても美しい。


Mr.Children「Documentary film」MUSIC VIDEO

今日は何も無かった/特別なことは何も(Documentary film/Mr.Children)

 

M-7. Birthday

 私は“Mr.Childrenらしさ”というのがそれぞれの世代が思う像があるように多面的にあると思っていて、その集大成が『Reflection』というアルバムだと思っている。その後に続いた『重力と呼吸』というアルバムは、“バンドとしてのMr.Children”を強く押し出したもののように感じていて、ある種“宣言”のような、強いアイデンティティを感じた作品だった。特に『皮膚呼吸』という楽曲は桜井さんの心の内側を吐露するような、ヒリヒリとする無視せずにはいられないメッセージ・ソングに感じた。

 一方でこの『Birthday』はどうか。私は、いままでの“Mr.Children”らしさを振り切った“新しいMr.Children”が生まれたと思っている。あえて例えるなら『IT'S A WONDERFUL WORLD』期に持っていたMr.Childrenの若さ(青年性)は感じるのだけれど、ここに来てまた“若い芽”がでてきたような印象だ。

 ストリングスを用いながらも、誇張しすぎず主張しすぎないアレンジ。イントロで重なるアコギとストリングスに、軽すぎず重すぎもしないのにタイトめなキックの音。桜井氏のボーカルも熱量を持ちながらも、前にですぎていない。

 だから聴いていてとても心が若返っていったし、思わず笑ってしまった。楽曲を聴いてこんなに嬉しい気持ちになったのは何年ぶりだろう、と嬉しくなった。

 『皮膚呼吸』のような楽曲はやはり共感性も高く、自分と重ね合わせながら心の奥深くまで言葉が沈み込むのだけれど、『Birthday』はそういった論理を越えて“あの頃”へ連れて行ってくれる楽曲だと思った。「まだまだこんな風に若くいれるのか」と、若い人たちに合わせるのではなく、彼ららしくいながら「こんなにも風を切って前に進めるのか」と感動した楽曲でした。

 

M-8. others

 キリンビール麒麟特製ストロング」のCMソングでサビだけが延々と流れた。と思いきや、それはサビではなかったのか!?と思いきや(思いきやが多い)、そんな概念など取っ払うようなゆるくメロウでジャジーな楽曲。本作は非常に温かみのあるピアノやストリングスを感じられる楽曲が多いが、本作も漏れなくそうで、特に「others」ではドラム、ベース、エレキギターの音色もその温もりを一層に纏って展開されている。

 サウンド面は非常に1970年代アメリカ的であるのに対し、歌詞の世界観は東京ど真ん中である。個人的に大人版「デルモ」と捉えている。主人公の生活や、価値観、生活、心情などが繊細な情景描写によってイメージされ、聴き手をその世界観に引きずり込む。桜井和寿のソングライティングは、「デルモ」をはじめとした「渇いたkiss」や「UFO」、「CANDY」など、こういった“行き場のない恋愛”の情景描写がとても素晴らしい。

 

M-9. The song of praise 

 こちらも歌始まりの楽曲(本作は歌始まりが多い)。「生きているこの場所を讃えよう」という讚える系ソング。序盤の「おーおー」というコーラスが、洋楽的でありながらもMr.Childrenとしてしっかりと昇華されている。Mr.Childrenの讚える系の楽曲は、「GIFT」や「ヒカリノアトリエ」「End of the day」など近年多い中でも、「The song of praise」は、サウンドともあわせて主張が強くなく、それでいてリスナーに寄り添いながら、まさに“SOUNDTRACK”として側にいて支えてくれる強さを感じさせる。おそらくそう感じさせる(主張しすぎない)理由としては、ストリングスを取り入れずにバンドだけで仕上げている、ミニマムでまとめようとしているところからなのではないか、と思う。コーラスが入っているのも、ライブ感、手触り感があって、とても良い。これもライブでアレンジ映えしそうな楽曲だな、と感じました。

積み上げて/また叩き壊して/今僕が立っている居場所を/憎みながら/愛していく/ここにある景色を讃えて(The song of praise/Mr.Children)

 

M-10. memories

  度々語っているかもしれないが、『Q』というアルバムのラストを飾る「安らげる場所」には、桜井和寿以外のメンバーが参加していない。バンドとしての野心が強かったあのタイミングで、そういった編成の楽曲を最後に差し込んできたのは、ある意味でプロ意識やバンドとしてのストイックさをとても感じた。

 『memories』もSimon Haleのピアノにあわせて桜井和寿が歌い上げられるミドル・バラードで、Mr.Childrenメンバーの参加はない。リズムはSimon Haleのピアノだけを頼りにレコーデイングされたという。桜井和寿のハモりが、Mr.Children史上に美しい楽曲、と言ってもいいのではないか。そう感じさせるのは、Simon Haleのピアノと、それを取り巻くストリングスの演出のせいと言ってもいい。

 この楽曲で幕を閉じることで、『SOUNDTRACKS』が完成すると言っても過言ではない。現在のMr.Childrenの状態を、そして生き物としての存在を、年老いること、時間が過ぎていくことの普遍性を、否応なしに感じさせるエンドロールだ。

 

 人間は、その心にある物語と共存して生きていく。そしてその物語の終着を、いつか決めなくてはいけない。はじまりも、おわりも、おそらく自分では知ることはできないだろう。ただ、その物語を美しく綴る作業を、日常の中で様々な感情と出会いながらおこなっていく。やがて、その物語が誰かの本棚の中で色褪せていくことを想像しながら。

 心臓を揺らして/鐘の音が聴こえる/僕だけが幕を下ろせないストーリー(memories/Mr.Children)