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Album:重力と呼吸(Mr.Children)レビュー

と、ある日顳顬の奥から声がして「それで満足ですか?」って尋ねてきた(皮膚呼吸/Mr.Children

 2018年10月3日発売された前作『REFLECTION』から約3年ぶりのMr.Childrenのニューアルバム『重力と呼吸』のラストを飾るナンバー『皮膚呼吸』は、ある日突然自分自身に「それで満足ですか?」と問いかける、そのシーンからはじまる。成熟した(はずの)バンドが歌うこのフレーズは、その後方を走る人たちにとってどのように響くのだろうか。最前線を走るバンドですら、こんな風に語りかけてしまう日があるのかと思うと、目の前にある日常の意味を考えざるを得ないし、それと同時にもっと速いスピードで、いまよりももっと強い気持ちで進んでいかないと追いつけないものが山程ある事実にあらためて気付かされる。いや、きっと“気付かされる”なんてそんな生易しいものではなく、“突きつけられる”といったほうが近いだろう。

 Mr.Childrenは昨年デビュー25周年を迎え、桜井和寿自身「肉体感を伴ったベストライブ的なもの」と語るほどの完成度だった全国ツアー、『Thanksgiving 25』が行われた。3時間にも及ぶそのライブは、その場にいたファンのほとんどが満足するであろう、いままでのヒット曲を網羅するようなまさに“感謝祭”と銘打つに値するライブだった。ラストの『終わりなき旅』では、何万人という観客が見つめる中、映像などの装飾を一切使わずにバンドメンバーだけで演奏が行われ、“バンドとしての力強さ”を感じさせるライブアクトであり、誰もがそのシンプルな演奏の持つエネルギーに希望をもらったに違いない。

  『himawari』、『here comes my love』、『SINGLES』、発表されるMr.Childrenの新曲はどれもバンドサウンドに満ちていた。一方で、ライブでのみ披露されていた『お伽噺』や『こころ』はアコースティックに彩られた楽曲だった。どのようなアルバムになるのか、期待に胸を膨らませつつ、ついに2018年9月頃、新アルバムの発売が発表された。ある日突然、公式サイトに「10691059」という数字が掲示され、それ以上の情報はなかった。詳細な情報を開示しないティザー的なプロモーションはアルバム『SENSE』を思い起こさせ、ファンの期待を煽った。ほどなくして公式サイト上では新しいアートワークと共にアルバムタイトルが『重力と呼吸』であることが発表された。Mr.Childrenのアルバムタイトルはほとんどが英語だが『重力と呼吸』は、『深海』『シフクノオト』に次ぐ日本語タイトルになる。
 「引っかかりをもってもらえるタイトルであればよかった」と桜井氏は語っており、楽曲に関してもYahoo!のインタビューで「音楽そのものの中にメッセージを込めてはいないけれど、(26年目を迎えて)今もなお叫びがある、そのこと自体がメッセージになり得るから。(引用元:Yahoo!ニュース 特集)」と語っている。それを表すかのように、今回のアルバムは、バンドサウンドが全面に押しでた楽曲群で構成され、前述した『お伽噺』や『こころ』といったアコースティック調の楽曲は収録されなかった。

 アルバムの詳細発表と共に公開されたリード曲『Your Song』は、ドラムスJENの「ワン、ツー」のカウントによってはじまる。シンプルなビートと、ギター、ベース、シンセで構成されるイントロからはMr.Childrenというバンドが今まさに“音”で勝負しようとしていることが感じ取れる。ボーカル桜井和寿の遠く吠えるようなシャウトはその宣言であるようにも感じるし、誓いのようにも受けて取れる。そのシンプルなバンドサウンドが導くように綴られる歌詞は、たった一人誰かに宛てたような純粋なラブソングだ。Mr.Childrenのラブソングは数多く存在するが、そのどれにもあてはまらない新しい形のラブソングを『Your Song』では表現している。

君と僕が重ねてきた/歩んできた/たくさんの日々は/今となれば/この命よりも/失い難い宝物(your song/Mr.Children

 『重力と呼吸』は、『Your Song』だけではなく、その次に続く 『海にて、心は裸になりたがる』『SINGLES』など、バンドサウンドが強くでた楽曲が多い。そして今までのMr.Childrenの楽器の中でもシンプルで、ストレートなメロディー、歌詞が多い。たった10曲、たった48分で構成されたアルバムだが、シンプルであるゆえに、アルバムはあっという間に聞き終えてしまう。そして、ストレスなく一周することができるから何度でもリピートできてしまう。意味はないと語っているが『重力と呼吸』というアルバムタイトルが表す通り、このアルバムは「意識せずとも共にすることができる」ものであり、「意識すれば意味ができあがる」ものでもある。

 『REFLECTION』であらゆるファンに向けたあらゆるMr.Childrenの姿を表現してきた彼らは、『重力と呼吸』ではこれでもかというほどにシンプルで、ストレスのない、ある意味では純度の高い楽曲を世に放った。誤解を恐れずに言えば個人的には「バンドサウンドといえば」の『DISCOVERY』よりも、歌や生活にひっそりと共存することを目指した『HOME』に似ているような、そういうアルバムである。

 ただ『DISCOVERY』とも『HOME』とも違うのは(もちろんどのアルバムとも違うのだけれど)、この『重力と呼吸』は“長い歳月を経たMr.Children”が歌うからこそ意味が変わる楽曲が数多くある、ということだ。『Your Song』で綴られる“たくさんの日々”というシンプルなメッセージも、『皮膚呼吸』で綴られる“生意気だった僕”も、勿論各々が各々の人生に投影することだってできるのだけれど、Mr.Childrenという立場から見える景色を想像すると、リスナーが受け取るメッセージも変わってくる。冒頭でも綴ったように、これほどに地位と名声を手に入れた彼らが、それでもまだ“そう今日も/自分を試すとき”と歌うことは、どれほどに人生とは広く深いものなのかと考えざるを得ない。彼らが今日もどこかでまた苦しみに息が詰まりながらも姿変えながら夢を見ているのだと思うとと、僕らもまた変わってしまうことを恐れずに夢見ていかなくては、と背中を押されてしまうのだ。

重力と呼吸

重力と呼吸