今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

零落/浅野いにお[感想]

 こちらもあわせて
零落/浅野いにお[感想その2・ネタバレ] - 今日もご無事で。




 僕が好きな浅野いにおの漫画ってなんだろうと思い返すと、そもそもはどうしても「ソラニン」なんですけれど、そういえば「Ctrl+T」に収録されている『ひまわり』って漫画面白かったなあと今日思い出しました。なんていうか本当にどうしようもない話なんですけど、“わずかな希望”を垣間読者に見せつけた瞬間にあっさり潰す、というか。よくありがちな手法でありながらも、その過程がものすごくサッパリしていて、オチは物凄くネットリしているはずなのだけれど、どうしても爽やかなんですよね。物語の時期が夏だし。
 1年ぐらい前にうめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下/うめざわしゅん[感想][レビュー][ネタバレ]とゲスの極み乙女。 - 今日もご無事で。を書いたんですけれど、うめざわしゅんの漫画は、わりとダイレクトに心に攻めて来ようとする書き手の意図が見えるんです。一方で、浅野いにおって、メッセージ性とかが強烈にあるんだけれど、それを技巧として俯瞰的に見ている書き手が見えている。だからわりと、読者も物語を客観的に見ていけるという凄みが浅野いにおの漫画にはあると思っていて(でも例えば「ソラニン」は違うけど)、それが『ひまわり』には割りとよく感じられて読んでいて楽しいし、どこか心にさっぱりとしたシコリを残す感じが好き。「おやすみプンプン」なんかは長すぎて、どうしても物語を考えてしまうしね。

Ctrl+T mini 浅野いにおWORKS (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

Ctrl+T mini 浅野いにおWORKS (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

 そんな具体性のないグダグダな前置きを書きながら。

 小学館から出ている隔週で発売されている青年誌「ビッグコミックスペリオール」で、3月あたりから浅野いにおの新連載『零落』が始まりました。
ビッグコミックスペリオール | ビッグコミックBROS.NET(ビッグコミックブロス)|小学館
 キャッチコピー?は“ある漫画家の魂の漂流”との通り、とあるそこそこ売れっ子な漫画家の話です。幸いにもアシスタント2人を雇えるほどのヒット先を出し、次回作も期待されつつも、「世間に媚びるような漫画は描きたくない」というプライドを持ちつつ、かといって次の構想も思い付かず、現実もうまくいかずでもがく主人公。結婚し、一緒に住んでいる妻もまた編集者であり、妻は“売れっ子”漫画家の編集を担当している。「せっかくだし参考にしてみたら」と渡された人気漫画を蔑んだ目で見る主人公。「売れる漫画」を書くことと、「書きたい漫画」を書くことが一致しないことを、おそらく主人公も、妻も理解しているのだけれど、「じゃあ、どうしたらいいか」という方法に対する考え方がきっと違う。お互いがお互いを思っているのではなく、それぞれ仕事としての考え方でぶつかり合っているが故に夫婦の溝が深まっていくのが感じられるシーン。とはいえ、妻は“夫婦という形”は続けたいと思っているし、それが主人公にとってはより重荷となって伸し掛かる。次の作品の構想も思いつかないが故に、「すぐ必要になるから」とつなぎとめておいたアシスタントも急遽解放することで「約束と違う。次の話も断っていたのに」とクレームが来る。行き場のなくなった主人公は風俗店へ迷い込み、そこで一人の魅力的な女性と出合う。名前も知らないけれど、彼女に会うために店へ通う日々が続く。

「…読んだ。薄っぺらでくだらない漫画だった。」
「あんなのが売れてることにもっと危機感持てよ。」
「作り手が読者をバカにしだしたらもう終わりだろ。」

「『キミうた』の作家さん……深澤くんの大ファンですごい影響受けてるんだって……」
「…って言おうと思ったんだけど……」

「じゃあ……」
「俺の漫画もくだらないんだろうなぁ…」
(零落 第1話/浅野いにお)

 ビッグコミックスピリッツで連載している『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』とはまた違う、かといっていつもの浅野いにおテイストは確実に表れている。ところで『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』って「Ctrl+T」で構想が書かれてた「デストピア」に似てない?
 『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は、女子高生の日常を描いた作品で、侵略者が地球にあらわれた日からどことなく日常に暗い影を落としているという話なんだけれど、だいぶ話が長い。伏線がいたるところに用意されているのだろうなと感じながらも、それこそ漫画としての完成度を非常に優先させていそうで、クオリティがめちゃくちゃ高い。“3.11”を彷彿とさせる侵略者という存在は、読者にもいろんな想像・解釈を委ねられて、浅野いにおというブランドがついている以上、いろんな人がいろんな解釈をして好きなように持ち上げたり、落としたりされる作品なんだろうなという印象。とにかくそれだけネタが散りばめられていて、漫画としての質が高い。

 一方で、『零落』はストーリー重視で、(おそらく)書き手の描きたいことがドバーッと描かれている印象。「おやすみプンプン」より深く潜り込んだ印象があります。下手したら「この主人公、浅野いにお自身?」とか考えられちゃうけれど、それはきっとそう読者に思わせることで作者が楽しむ仕掛けになっているんだろうな、とか思っています。
 より僕らのリアルな場と同期されたような現実感が浮遊していて、実体験とはリンクしないんだけれど、どこか話の内容に違和感を覚えずに読み進められてしまう展開。
「例えば自分だったらこういう行動をとるか?」と言えばNOなシーンばかりなのだけれど、なぜか主人公の行動に苛々したりもしなければ、共感したりもせずに、その物語を“俯瞰させられている自分”がいる。例えば『おやすみプンプン』なんかは個人的にはプンプンの行動に苛々しながらも、“物語と共生する自分”として楽しんでいたのだけれど、『零落』においては“物語を物語として捉える自分”がいる気がする。実際、こういう生き方をしている人って相当ストイックだし、そこに自分を重ねる事ができる人って
めちゃくちゃ限られていると思う。
 やりきれない毎日に、打開する策も見つからず“拠り所”としての“名もない女性”に日々会いに行く主人公。この2人がこれからどんな日常を生み出していくのか、第3話までは物語の自己紹介みたいなものだったけれど、第4話かは果たしてどうなっていくのか。『おやすみプンプン』みたいな荒廃的な方向に行くのか、希望が指してくるのか。客観的に読む分には主人公はひねくれているのではなく、本当に、単純に愛情を求めてながらもがいているようにも感じられるのだよなあ。これ以上廃れるにしても、限界ありそうだしね。なんかほんと、でてくるキャラクターすべてが、バカリズムとか柳原可奈子が演じているような“あるある”の集合体で、それはあえてそうしていて、ここから先の展開も突拍子もない感じではなくスッキリとしたテイストで進んでいくんだろうなあという気がしている。名もない女の「私の名前はあなたが勝手に決めて」みたいな台詞、すごく自分に酔っている気がするし、そこに仄かな魅力を感じる主人公もそんな自分が好きそう。いままでいそうでいなかったキャラクターたち。ところで『世界の終わりと夜明け前』に収録されている『東京』って話が、僕は好きです。

 「…あのっ!!」
 「…僕の漫画っておもしろいですか?」
(東京/浅野いにお

 そんでもって僕が『世界の終わりと夜明け前』で一番好きな話は『世界の終わり』です。どうしようもねえ希望が描かれていると思っています。

世界の終わりと夜明け前 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

世界の終わりと夜明け前 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)