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コンプレックス・エイジ/佐久間結衣[感想][レビュー][ネタバレ]

 帯のコピーに惹かれて買ってしまったのは、『よつばと!』以来である。たしかそのコピーは、“楽しめ。血を流しながら。”といったものだった気がする。
 『コンプレックス・エイジ』は、コスプレという、まだ世間からの目はあたたかいとは言い難い趣味を思いの限り楽しもうとするOLの話である。
 コスプレ、という絶妙なジャンルが、素晴らしい。これが音楽だったら、バンドだったら、「よくある話だよね」という悟った体の視点で物語を見てしまう人が多いし、もっとマイナーだったら興味を持ってもらえなかっただろう。「別にいいんじゃない?楽しむ分には」と表向きは言えてしまうけど、大抵の人は、そのジャンルに自分が接触することへの抵抗がなくはないとは言い切れないコスプレという趣味だからこそ、この漫画は素晴らしいのだと思う。
 だから、声を大にして言いたいんだけど、「楽しみたいこと楽しめばいいじゃん」みたいなことが言いたい漫画じゃないのだ、これは。だったら、売れないバンドの漫画を書けばいいんだから。

コンプレックス・エイジ(1) (モーニング KC)

コンプレックス・エイジ(1) (モーニング KC)

 『コンプレックス・エイジ』は、コスプレの解説も非常に丁寧で、そのジャンルに抵触したことのない僕は、はたしてリアリティがどこまであるのか分からないのだけれど、読んでいてまったく不自然じゃない。完璧主義者の主人公と、その周りにあらわれる表情豊かなキャラクターたちにより立ちはだかるいくつもの壁が、読者に痛烈なメッセージを与える。
 タイトルにもなっている“コンプレックス”というのは、あらためて言うと“複合的な感情”である。いくつもの感情が入り混じり、整理できないまま、ひとつの言葉として処理されない、もやもや、葛藤。いままでは、なに不自由なく、心のままに、楽しめていたコスプレという趣味が、年齢と共に「その年齢でコスプレやるわけ?」と見えない声が聞こえてくることから、主人公の毎日は徐々に変化をはじめる。
 もう、とにかく素晴らしいのが、ひとつひとつの課題が、良い意味で、しっかりと解決されないことだ。解釈を読者に委ねている。どちらの側にも立つことが出来る。人の心の闇も描かれ、それが一見、物語上の悪役にも見えたりするけれど、それは誰の心の中にも潜むモンスターだったりする。表面上に描かれる言葉のひとつひとつと、定型的な解釈じゃ、きっとこの物語の伝えたい真意みたいなものとは程遠くて、誰の心の中にもある孤独感とか、焦燥感とか、劣等感、そういった善悪を通り越した人間の感情、自身の内側と共鳴できてこそ、物語をやっと受け入れることができるのだと思う。
 だから、前述したように「楽しみたいことを、誠意を持って愚直に楽しめばいいじゃん」みたいな安直なメッセージ漫画では決してない。「なにか問題が起きた時、そこで辞めるか、続けるか、それはどちらもあなたの選択であれば、間違いではない」といった、読者そのものに可能性を委ねている漫画だ。
 諦めることは決して悪ではないし、趣味だから「続ける」という義務はない。でも、その「趣味だから」という言葉の重みもひとによってはめちゃくちゃ変わってくる。主人公はひたすらそこと葛藤し続ける。「趣味ってなんだ?」と。そこにウエイトがかかればかかるほど、趣味を純粋に楽しめなくなってくる。だって、疑問なく素直に、無邪気に弾けられることが趣味のスタートでもあったはずだから。

 話はちょっと変わって、主人公にとって「コスプレ」は半ば人生そのものみたいなもので、一生辿り付けない「二次元」という理想に向かって完璧に近づいていく為の生きる意味みたいなものでもあると思う。そんな時、「コスプレ≒生き甲斐」を辞めた時、自分になにが残るのか?というのが最も大きなテーマでもあるのかな。
 夢とか、目標とか、なくてもよくない?という空気がひろがっている世の中。それは、よくもわるくも考えることを放棄した結果であり、仮想でもいいから人はなにかを求めていきているはずだと個人的には思う。だから、「コスプレ」という趣味はあくまで仮初の夢であり、それと真剣に向き合った時、仮面を剥しきった時、そこになにを求めている自分の姿があるか、というのが答えなんじゃないかとも思っている。
 つまりは「夢とか、理想とか必要ない」というのは、その仮初の姿と向き合わない結果であり、趣味という姿も、仮初の自分と傷を舐めあっているのに過ぎないのかな、とか思ったりもする。

 そんな「趣味≒生き甲斐」をもった人々との交流、理解し合える、し合えない、というすれ違い、温度差、レベルの差。いろいろな歯車が絶妙に絡み合って、主人公はその都度、読者に問いかける。それは正しさでも、幸せの価値でもなく、選択肢を与える。私は、ただコスプレを純粋に楽しめる、極めることのできる未来へと進んでいくのだと、ページを捲る度、主人公は突き進む。

 もうとにかく、いろんな価値観が物語には広がっていて、大袈裟に言えば『寄生獣』をもっと掘り下げたような、そして日常にグッとフォーカスしたような名作であると思っています。

読み切り版コンプレックス・エイジ/佐久間結衣 コンプレックス・エイジ 【第63回ちばてつや賞入選作品】 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ

※読み切り版、読み返して思ったけど、やっぱり趣味って、大袈裟に言えば、そのものに恋をする(心を奪われる)、っていうことなんだよなあ、と。それがなくなったら死ぬでもなんでもないけど、失恋と同じで、もう明らかに、人によっては想像をこえる喪失が、そこには待っているんだろうな、と。胸が締め付けられるほどに体に染み込ませてしまった趣味への思いを、どうやって守っていくか、切り離すタイミングは本当に必要なのか、って人が人と共に生きていく為のテーマそのものだよなあ、と感じました。