今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

遺書みたいなもんが書きたくて〜その6/遺伝子の引き合いに身を委ねて

 夢朧。書き連ねては消して、描き疲れては決せずして。行く当てのない将来が、ビデオテープによって消費されていく。季節感のない平和が売り場のテレビで声を揃えて報道される。今日も平和のシュプレヒコールだ。さあ、夢朧。地図上にはない正解を求めながら、僕ら何の指揮をする。もはや怒りも悲しみも窮せずして流れるままに飲み込む君の姿。喉元で揺蕩うのは愛でも爆弾でもない。解釈を振り翳して五線譜は高揚を煽る。快楽に潜んだ苦悩の事など臆することなく乱れるのだ。誰のせいでもない混乱は、思考からやがて四方へと放たれる。しめしめと声を潜めて嘲笑うのは善か悪か。渦中で踊り続ける君こそが、紛れもなく幸福なはずだ。そう信じたい。ここは夢朧。
 想像は雲の上。微か照らす太陽の光から辛うじて膨らませた現実で空を飛ぶ。幻に心を奪われたら操縦さえも困難で、遂に墜落する。人は満月の夜に穏やかに空想を重ねる位が丁度いい。戻れなくなる前に、区別がつかなく前に、君に心奪われてしまった方がいい。もはや人間かどうかは問わない。
 ああ、真夜中の都会は気が狂いそうになる。冬の乾燥した空気が頬を掠める。何千年も前から組まれたローテーション。言葉のない愛を誓い合った人混みで、賞味期限きれの臭いがする。無機質に発光するネオンは生気に蓋をする。ホームレスは呼吸をする。その名を恥じる余裕すらなく、何者かがアコースティックギターを掻き鳴らす。歌声は溝の底に沈み鼠たちが聞いている。ほんの少しだけ歪んだ世界の切れ間から虚しさが零れ落ちた。本来なら正解が欲しい所だが、君もいない世界では、道化師にもなれやしない。通り沿いに並んだ自動販売機で、缶コーヒーを買った。どのタイミングへも戻れない僕は、ただただ過ぎる時間に身を委ね、年を取った。老いだけが顕著に世界と差をつけていく。
 停滞は望めない。さまざまな形と大きさでバランスのとれた歯車は回り続けることだけが、唯一の望まれた使命だった。その摩擦に問いを投げかけることは、愚問である他なかった。僕らはただただ回り続けることのみが、正解に近づけるヒントだと思った。裏を返せば、その摩擦に差異をつけようとすることは、あまりにも釣りあわない代償だと考えていた。
 夢朧。書き連ねては消して、描き疲れては決せずして。まるで思考の往来は、潮の満ち引きの様に、月を反射す鏡の様に、僅かの変化を俯瞰的に享受する長い長い遺伝子レベルの歴史みたいだ。その果てなき命(メイ)を、誰が受け入れよう。そこに仮にも指揮者がいるのなら、僕ら何を全うする。もはやその旋律に酔い痴れるオーディエンスなど、想像を超越する神の嗜みでしかない。ならばそう、渦中で踊り続ける君こそが、紛れもなく幸福なはずだ。
 気が狂いそうな真夜中で、君を探し続ける不眠症。はっきりとした輪郭以外に、思い出せるものがない。理想がやがて現実に代わる頃、僕は虚無でいられずに済むだろうか。形すら見えない心の行方は、いつ何時に破綻するかなどわからない。目を瞑り、また今日も錠剤を胃に流し込む。脳内で肥やした嘘の安定が、世界を均衡に保つ。バランスのとれた虚像の中で、僕がやがて見つけるものが、触れ得ぬものでなきように、そう祈って眠るだけの此処は東京。そう信じたい。未だ此処は夢朧。いずれ正解が世界を取り纏うその日まで、望みは絶えない刹那を携え眠る或る季節の終わりの物語。