今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

遺書みたいなもんが書きたくて〜その5/妙に雑なのは衝動的に書いてるからかね

その1からお読みください
遺書みたいなもんが書きたくて〜その1/これがまた雑なんだな - 今日もご無事で。
その2
遺書みたいなもんが書きたくて〜その2/この感情の行方 - 今日もご無事で。
その3
遺書みたいなもんが書きたくて〜その3/わざわざ例えなくてもいいじゃない - 今日もご無事で。
その4
遺書みたいなもんが書きたくて〜その4/6月の悲しみは君が教えられたことじゃない - 今日もご無事で。

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 渋谷のスクランブルは常に無数の感情で濁っている。そこに衝突する虚無。かつてまでフィクションであった怒りや憎しみは漫画の世界から飛び出して僕たちに襲い掛かってくる。ビルの壁面に高々と掲げられた広告塔の女優は、路地裏のホテルで夢に抱かれていた。萎みそうになる度に、ひたすらに虚像を注ぎ込む。友人からの結婚の報告を受ける度、彼女は現実に引き戻されそうになる。しかし彼女が築いてきたユートピアには現実への出口は見当たらなかった。
「次の新番組の司会を探してるんだけど、興味ある?」
 誘惑を食い潰さなくてはいけないという焦りが彼女を蝕んだ。ホテルを出た彼女の頭の中で男の言葉がリフレインする。この時ばかりは、雑踏から溢れ出す下品な笑い声がせめて頭の中の憂鬱を掻き消してくれることを祈った。どこの思いにもチューニングを合わせたくはない。ふいに入り込んだデパートの1階、ブランドショップで紅いバッグを衝動買いした。
 夕方16:00、スマートフォンを旧い茶色のバッグから取り出しアドレス帳を開くより先にtwitterを起動させる。タイムラインを指先で流していく、紛らわしの愛想を探しているのだ。しかし、その行為が先程自分自身に宛がわれていた行為と酷似していることを彼女は気付いて吐き気がした。もうこの空虚は埋まらない。どれだけの夢という名の虚像を注ぎ込んでも、風船は膨らまない。生々しい雨が降り注ぐだけである。心の傷は誰にもわからない。傷跡のつかない方法で彼女は苦しみを重ねるから。それはまるで呼吸の困難な海の中へと無理矢理に重石をつけられ沈められる仕打ちのように息の詰まる思いで彼女は人混みを泳いだ。
 井の頭線にのって東大駒場前まで行く。自宅まですぐそこだ。その空間だけに残る微かな生活の思い出だけが彼女を癒す唯一の希望だった。
 夕方のニュース、キャスターが社会を報じる。その胸中を想像するに混沌としている。言葉に感情は込められているか。向こう側に景色はあるか。時間だけが淡々と過ぎ、キャスターはバラエティへと移り変わる。編集された時間と時間の隙間に笑い声が敷き詰められている。誰も彼もが退屈なエンタテイメントを演じているのを痛感する。それは彼女も同様なのだ。ここから逃げる術が仮にあったとしても、それは一時の休息に過ぎない。すぐに現実が私を捕えるだろう。
「お前の思考の中に答えはない」
 継ぎ接ぎだらけの知識を、何度切って貼ってを繰り返そうとも答えは出ないのだ。広大な宇宙に放り出された孤独は、重力を失ってもう元の場所には戻れない。そもそも元の場所などあったのか。
 気が付いたら夕飯も食べないまま23:00になっていた。今日の日記を書いていないことに彼女は気付いた。いつもと変わらない日常と呼べるソレを、彼女は記録した。空腹の胃を少しでも誤魔化そうとカロリーメイトカモミールのハーブティを流し込んだ。なにかをなにかで押し出すことは出来ても、身体を切り裂いて排除することはできない。それが悲しかった。
 明日になれば人々がまた懲りもせず愛を語りはじめる。いつになれば答えがでるのか、恐ろしいほどの憂鬱を抱え込んで彼女は五感を塞ぐ。私以上のものは、なにもいらない。そう彼女は思っている。しかし、そこに答えがないことも彼女は知っている。
 否応なしのスクランブルに、彼女もまたひとつの感情として紛れ込んでいった。