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シュガー・ラッシュ[ネタバレ]〜感想・レビュー


終始泣きっぱなしの映画だった。
なんの期待もなく、心境的にはフラットなまま望んだ結果、いつの間にか映画の世界観に引き込まれてしまった(単純)。
とにかくキャラクターの健気な姿を映し出している映画には弱い。

簡単に映画の概要を説明すると、ゲーム(センター)の中にいるキャラクターたちが実は画面の向こうで実際に意思を持って生活していて、しかし、悪者やヒーローとしての役割はそのまま、でも悪者だってヒーローになりたいと思っている、という所からはじまる。
悪者としてのレッテルをはられている主人公のラルフは、なんとかヒーローになろうと必死に奮闘する中で、ヴァネロペという少女と出会う、という感じ。
悪者にスポットを当てているところが、素敵だな、と思った。

話は少し変わって、僕が好きなバンドにPhilHarmoUniQueというバンドがいる。
もともと「自由人」というバンド名で活動していて、インディーズで3枚のアルバムを出した後、メジャーデビューを機にバンド名を変えた。
そしてメジャーデビュー後の初ミニアルバムに「bathranger」という曲が収録されている。

僕がこの楽曲のすべてが好きなのだけれど、特に気に入っているのが以下のフレーズ。

ねぇ 凄いと思われたいと 愛されたいとヒーローもきっと思うよね
悪者も正しいと思って 認めて欲しくて戦いを挑むよ 理想を胸に(bathranger/PhilHarmoUniQue)

やっぱり僕は、なにもかもが「いい人」というのはどこか信じきれない部分があって、だからって、その人の悪い部分を認められるかといったらそうじゃないのだけれど、人は必ずやましい気持ちだって、いやしい気持ちだって無意識下を含め持っているものだと思っている。
そうじゃなきゃ今日を生きていけないような気もするから。
そういう意味で、実際はみんなが思っていることは同じで、僕らの捉え方次第で悪者にもヒーローにもなって、その役割を客観的に与えられているんじゃないか、と。

たまに「僕自身の役割は、僕自身が決めることではなくて、周りの人が、客観的な部分で決めることだよな」と思うことがある。
それは決して「僕は自分の役割なんて、責任なんて背負いたくないから、君が決めてくれよ」という投げやりな意味ではなくて、「自分自身における意味なんて、どうにでもなるんだし、大事なのは外からの指標だよな」ということ。
役割って主観的な部分じゃなくて、客観的な部分だよな、とか。

そんな中で、ラルフも自分自身の役割というものを見出そうとしていく。
すべてにおけるヒーローじゃなくてもいい、誰かにとってのヒーローであればいい、ヒーローでなくとも、誰かに必要とされる、愛されるキャラクターでいたい。
そんな気持ちが、ヴァネロペとの交流の中で芽生えていく。

僕は、ラルフの気持ちもそうだけど、ヴァネロペの健気さにグッときてしまった。

一方でヴァネロペは「不具合のプログラム」としてゲームの世界の片隅に追いやられてしまった少女。
「不具合」として人間に目撃されてしまったら、ゲームそのものが故障扱いされ電源が切られる恐れがあるとしてレースゲームに出場させてもらえない。
しかし、ヴァネロペはみんなと同じようにレースゲームに参加したい思いであれこれ思索する。

自分の思いが壊されても、壊されても、壊されても、前に進もうとする彼女の気持ち。
そして、彼女こそは、このゲームの中での自分自身の役割なんて考えていない。
だた、ゲームに参加したいという、誰よりも純粋無垢な気持ちで、この世界に関わっている。

僕はあまり映画を観ないほうなのだけれど、とても綺麗に伏線が描かれていたなあという印象。
伏線、伏線いうのは嫌いなんだけど、この映画はその辺りも本当に素晴らしかった。
あと知らぬ間に映画の世界に引き込まれていく、日本版の声優さんの演技力も凄まじいと思った。特にヴァネロペの子は、まだ中学生なのにすごい。

自分自身の姿かたちを追い求めて、理想を求めながら日々奮闘する。
その真っ直ぐさが、言っちゃえばドラえもんも、クレヨンしんちゃんも同じところに行きつくのかもしれないけれど、その健気さが心を打った。

役割でもなんでもなく、自分の居場所を、その場所で生き抜いていく為に、その役割を背負って、その場所で生き抜いていく為に、誰かを想うのだな、と。