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シュプレヒコール/RADWIMPS

彼ら一年半ぶりのニューシングル。
その間にも「ブレス」「白日」といった新曲は発表されていたが、今回シングルとして切り落とされたのが本作「シュプレヒコール
発売前までほぼその詳細は分からず、ラジオ音源もなく、ただただ妄想が膨らむばかりだった。「シュプレヒコール」はデモにおいて参加者が繰り返し訴えを行うことの意。反原発デモを想起させる。

シュプレヒコール (通常盤)

シュプレヒコール (通常盤)

肝心の「シュプレヒコール」の中身に関してはRADWIMPSの中でもとても人当たりの良く強いメッセージ性を持ったシングルだな、と感じた。歌詞を引用して「ここがいい!」って言いたいと感じても、この「シュプレヒコール」は最初から最後まで歌詞が繋がっていて、どこを抜粋しても意味が何十倍にも薄れてしまう、つながって何十倍もの強い意味を持つ歌詞だ。

クリーントーンアルペジオから始まる空気感は「オーダーメイド」を彷彿とさせる。しかし「オーダーメイド」より圧倒的に色の多い世界観が広がることがボーカルによって伝えられる歌詞でわかる。「オーダーメイド」が「生まれる前」の世界観であったことに対し、「シュプレヒコール」は「生まれた後の世界」を綴る。「生前」の世界観はどことなく空想的、幻想的で透明感があったが、生後の「シュプレヒコール」では現実的な問いかけを何度も歌詞の中で行い、色を濃くしていく。

アルペジオから始まったイントロをサビ前まで静かに進んでいき、ブリッジを挟んで大胆に爆発していくサビ。「もうこれ以上はないのだ」と憂いの叫びにも聞こえる。

ちょうど今「風の谷のナウシカ」を読み終わったところで、いろいろ考えていて、この「シュプレヒコール」とちょっとだけ世界観を重ねてみたりもした。
「真実」がある限り「虚偽」も存在していて、それと同様に争いも終わりなく続くわけなんだけど、その「争い」の中で僕らが失ってしまった“幸せの数え方”を綴る「シュプレヒコール」。
そして、「争い」の代償として犠牲になっていく世界を前にただただ自分の信じる事と世界の声に耳を傾けながら“本来あるべき幸せ”を望み切り開いていく「風の谷のナウシカ

彼らによく見られるような音楽的なギミックはあまり多様されていないものの、「本来伝えるべきもの」の為に「不必要なもの」を極限まで削り落とし「必要なもの」だけを残し調理した楽曲であると思った。最後のサビが終った後の叫びに近いコーラスもとても印象的だ。
現実感と浮遊感の狭間を彷徨いながら楽曲は進んでいく。広い世界観でありながら、とにかくスピード感があって、でも、聴き終えた後にはどこか、しこりが残っている。次のアルバムを期待したくなる楽曲だった。