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Album:東京LIFE(岩崎愛)-全曲レビュー

▼まえがき
たった30秒で心を安定させる音楽。
安易にそう言ってしまえる程に岩崎愛の歌声と、背景で鳴る暖かな音色は素晴らしかった。
アコースティックを基調としながらも、ポップスの枠だけには収まりきれない柔軟なメロディーセンスが窺える。

アートワーク(ジャケット)はスピッツ等でも有名な福田利之
その福田利之氏は僕の好きな山田稔明の「Christmas Songs」のジャケットも手掛けていて、よく巡り合うなあ、と感じた。
福田利之氏が幅広い視野で音楽を受け入れているからこそ、なのだろう。

また帯のコピーにもなっているように、ディレクターはASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)の後藤正文
ギターに元the HIATUS/FULLSCRATCHのサポートであったmasasucks、ベースにストレイテナー日向秀和、ドラムに元BEAT CRUSADERSのマシータ氏を迎えている。
ちなみに本作は、メンバーのスケジュール調整の都合上、一日で5曲録ったのだとか。

[東京LIFE:岩崎愛]

東京ライフ

東京ライフ

▼ほんとうは言葉なんて要らない、音楽の真髄が植わった「東京LIFE」-感想。
M-1.花束

西日が部屋に差し込んで煌めいている。
そんなアコースティックギターアルペジオで本作の幕は開かれる。
このアルバムのはじめもおわりも、物語る様な滑らかなたったひとつのギターで弾かれるアルペジオ

岩崎愛の歌声がそこに加わり“Let's go Let's go”とメロディーをなぞり始める。
その歌声はとても優しく、かといって主張気味でもなく、でも空気と同化しているわけではなく、心に染み込みはじめる。当然だけど、唯一無二だな。
その後のファルセットで僕は既に泣きそう。

こんなにも暖かなメロディーとギターのバランスにも関わらず“曇り空ぶち抜いて”なんて言葉を使ってしまうところが岩崎愛の魅力なのだろう。
歌声も、アレンジも、歌詞も、彼女の魅力を丁度よく鏤めた一曲目。
アルバムを聴きだすには打ってつけの楽曲。

Let's go Let's go/曇り空ぶち抜いて/今 会いに行くからね(花束/岩崎愛)

M-2.東京LIFE

アルバムのタイトルにもなっている楽曲。
ラップのような一音に二文字詰め込むといったような、複雑な譜割りとシンプルなサビで構成されている。
アルバムタイトルにもなるだけあって、岩崎愛自身の“決意”が隠されているようにも感じる。

言葉にならないメロディーとアレンジではじまるイントロ。
アルペジオから始まった「花束」とは変わって、アコギのストロークを皮切りにドラム、ベース、エレキ、ボーカルすべてが飛び込んでくる。

個人的な聴きどころは、要所の“言葉のないメロディー”
なにより“聴き心地のよいベース”であると思う。
ベースが織りなすリズムが、ラップのような五線譜に詰め込まれたメロディーに素敵な強弱をつけていて聴き手をより楽曲の世界観に引き込む。

地方出身者にとって東京を歌うのは、なんでもかんでも泣けてきて涙が止まらないので反則なのだけれど、この楽曲も例外ではない。
一人で生きていく、もうどうしようもない日常も、どうしたらいいか分からないし、この楽曲だって答えは出してないんだけど。
それを“それが僕の東京LIFE”なんて言って無理やりに歌っちゃう所が、そんな強がりと、優しさが、グッと来て胸を打つ。

涙がそっと出る夜も/思い切り笑い転げる日も/ちっぽけな毎日だけど/今の僕の東京LIFE(東京LIFE/岩崎愛)

M-3.死ぬまで一緒

ミュートのかかったアコギでスタートする。
ベースとドラムによって加速度が増す。
エレキギターが入り込んで世界観が完成する。

“死ぬまで一緒にいてよ”なんてストレートで、シンプルで、でもこれ以上に強い言葉はない。
そういう女性が簡単には言えそうにもないことを、岩崎愛は歌っている。
けれど、随所には死ぬまで一緒にいて欲しいと言いながら“もし僕が先に死んじゃったら”なんて心の弱さも見られる。

一緒にいられたらいいのだけれど、そうじゃないことも知っている。
生きていくことと、死んでいくことの、その脆さを、たった一人を想うことで綴る「死ぬまで一緒」
バンド感がより強く出ている楽曲。心が高揚してくる。

M-4.僕にとって君にとって
アコースティックギターたった一本で終始綴られる、弾き語りソング。
言葉も、メロディーも、今まで以上にシンプルで聴く人間の心へダイレクトに侵入してくる。
どことなく、NHKみんなのうた、で流れてそうな。そういう優しいアニメーションが脳裏に浮かぶ楽曲だ。

人々が普段通り過ぎる、目に見えないものや、くだらないもの、なんてことのないもの。
そういうものにスポットを当てている。
とある冬の休日の午後に、なんの予定もなくて、珈琲を淹れて、読書をしながら、なんとなく点けっぱなしだったテレビから流れてくる。目を向けると、もう夕暮れになっちゃってて。

もうなんていうか、何気ない幸せに囲まれて、少しだけ後悔しながら死んでいく。

死ぬほどに不幸になっても/忘れたくないなぁ(僕にとって君にとって/岩崎愛)

M-5.ハイウェイ
スタッカートを心地よく使ってはじまる、どことなくジャジーな楽曲(Maj7とかのあたりが)。
バンドの一体感、アンサンブルが素晴らしい。
クリアなエレキの音と、ドラムに乗せられて弾けるベース、こっそりと世界観を支えるキーボード。

本作でのこれまでの楽曲と違い、歌詞そのものには突き抜けるような疾走感が感じられる。
この楽曲つくりの幅の広さが、岩崎愛のこれからに期待してくなる理由。
ラスサビに向かって、それぞれの楽器は、調和から徐々に崩れていくようで、でもしっかりと調和する。

それぞれが、それぞれの鳴らしたい音を鳴らしながら、向かっている方向は同じ。
ひとつの車でハイウェイを走るのではなく、それぞれの楽器が、それぞれの目的へ向かって加速している雰囲気だ。

M-6.あれから
これもアコースティックギターとボーカルのみで構成される楽曲。
1対1の小さな弾き語りラブソング。
はじまりと、これからを描いた“あのころ”を綴る「あれから」

たぶん本作「東京LIFE」でもっともシンプルな楽曲だと思う。
できるだけ削ぎ落とされて、言葉数少なく、ただただ聴き手に情景を委ねる。
最初に出てきたフレーズが、最後にも繰り返されて、どういう風に聴こえるか、きっといろんな色に変わるのだと感じた。

M-7.ALL RIGHT
アルバムの終わり方は様々だ。
しんみりと終わったり、怪しげに終わったり、インストで終わったり。
「東京LIFE」は、ハッピーに、前向きに終わっていくアルバムだった。

岩崎愛からの聴き手へのメッセージ。
きっと大丈夫だ、なんだって越えていけるさ。
そんな根拠のない、脈絡のないメッセージで聴き手の背中を押す。

ここになってまた岩崎愛の歌声が、力強く響いてくる。
アコースティックギターが前に出て、それでもバンドも嬉しそうに音を奏でて、世界観は徐々に広がっていく。
一日の終わりでも、始まりでも、僕らは生きていけるような、そんな気分になる。

ラストの演奏者全員で歌われるコーラスも聴きどころかな。

そう/愛も恋もなんもかんも/君が生きてりゃ/意外となんとかなるさ(ALL RIGHT/岩崎愛)

▼あとがき
このアルバムに出会ったのは、とある店でかかっていた時だ。
すぐに惹かれて、すぐに買った。
それぐらいに世界に引き込む力があった。

年末になると、くだらない飲み会が多くて、くだらない会話が多くて、くだらない世界が多い。
くらだないものこそ大事だと歌う彼女の楽曲前にして、こんなこと言うのもおかしいが、心苦しいくだらないもある。
ただただ退化するだけの、誰かを叩くことで満足するような愚痴を延々と聞かされる、そういう飲み会もあるのだ。

話を戻そう。
岩崎愛は、彼女は、とびぬけてメロディーセンスがいいとか、歌詞がいいとかそういうのではない。
唯一無二の歌声に、魅力あるその声に、メロディーや歌詞が引っ張られているのだと思う。

だから、たった30秒で彼女が歌う“それが僕の東京LIFE”なんていうフレーズに泣かされてしまう。
辟易した社会の帰り道、生臭い商店街で、イヤホンから漏れてきた突然の結論に、泣かされる。

ただの日常を歌う。
ただの心情を歌う。
でも、ただの日常でも心情でもない、人々の、誰もが抱く疑問を苦悩を葛藤を、柔らかく表現する。

だから心に優しく張り付く。

アレンジの面で言えば本作「東京LIFE」はアコースティックが中心だ。
けれど、決して聴き手を飽きさせることなく楽曲は進んでいく。
心を休めたいとき、ちょっとだけ前を向きたいとき、沈みたいとき、自分の好きな場所で、スピーカーから流して聴きたい。