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Album:醒めない(スピッツ)[感想・レビュー]

醒めない(初回限定盤)(DVD付)

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まだまだ 醒めない アタマん中で ロック大陸の物語が最初 ガーンとなった あのメモリーに今も 温められてるさらに 育てるつもり(醒めない/スピッツ

求める人から与える人へ

 ここ10年ぐらい、スピッツからはずっと温かさを感じている。それを意識するようになったのは『群青』あたりからで“優しかった時の/心取り戻せ(群青/スピッツ)”というフレーズが、リリース当時、僕には軽く衝撃的だった。それまでのスピッツなら、情けない男が「どうにかあの頃に戻りたい」と、その心境を刹那に綴るものが多かったように思うけれど、「群青」は決意の歌だった。“嘘つきとよばれてもいい”と、明らかに“自分でない誰か”の背中を押している(それはもう一人の自分かもしれない)。そして、歌詞と相まってサウンドにも物凄く力強さを感じたし、「あれ、いままでのスピッツと違う感動がある」と思いを抱いてのを覚えている。
 それからのスピッツは、まさに「誰か」へのメッセージを綴るようになって、僕の好きだった「ひとりよがり」のスピッツはだんだんと薄れていった。メッセージはよりシンプルになっていったし、陰から陽のステージへスピッツというバンドの舞台も変わっていったように感じた。それは、9.11で変化を見せた『三日月ロック』の心境のように、3.11で揺らいだ世界もどこかで影響を受けているのかもしれない。
 ずっとコンビニでは手に入らない愛を求めて、のらりくらりとしていた主人公が、道しるべを歌い、与える人へと変わっていった。『醒めない』は、まさにタイトル曲でも“任せろ”なんて言っているぐらいで、男らしいとはちょっと違うけど、なよなよしさは全くない。スーツ姿でピシッとしているわけじゃないけれど、崩れた服を着て歌っているあの頃でもない。まさにタイトルリード曲『醒めない』のMVのように、革ジャンを着たロックミュージシャン。本当は弱いんだってみんな知っている、そんな彼が歌う“任せろ”にどれほど威力があることか。僕は“ガーン”となって、胸が揺さぶられる。
 そして、歌詞の世界観とはまた別に、音楽性はどんどんと熟成していった。バントとしての深みが増して、「バンドで演ること」の意味について、インタビューでも常にスピッツのメンバーは問いを投げかけていた。前作から既にそのような形をとりはじめているけれども、本作『醒めない』もほぼ“4人体制”をベースに楽曲が練られている。Mr.Childrenが『Reflection』で「4人だけでも鳴らせる音」「4人だけでも成立する曲」を目指していたように、スピッツも必然的に「バンドで鳴らしていくこと」をベースに曲が出来上がっていったように感じる。
 いままでのスピッツ像をぶち壊し、ロックバンドとしてのスピッツで世間に衝撃を与えた『8823』、美しい刹那を歌いながらもまだまだ“二人の世界”は守り抜いてきた『三日月ロック』、バラエティ豊かな輝きを魅せた『スーベニア』、そこから“ガーン”とした衝撃をスピッツからあまり個人的には受けてこなかったけれど、『醒めない』は傑作だった。勿論、初期のスピッツはここにはいないのだけれど、そして甘酸っぱい青春を歌う若々しい青年草野正宗が消えつつあるのも感じる他ない、スピッツは明らかに熟成されたバンドへと変わっていっているのだけれど、「まだまだこんなにやれるのか」っていうおっさんたちの、「らしくない」が詰まった傑作。それは「スピッツらしくない」という意味ではなく「おっさん“らしくない”」である。まだまだあきらめない、“最初ガーンとなったあのメモリー”に未だに突き動かされている、おっさんたちの大きな夢はまだ膨らみ続けていて、そのワンシーンを一緒に見せてもらっているような、輝きに満ちた“醒めない”夢の入り口。

“醒めない”刹那

 心地よいドラムに乗せてL-Rで聴こえるエレキのカッティング、ベースの入りと同時に煌びやかに歪んだギターのストロークが鳴り出すリード曲『醒めない』。「スピッツ、こんなにポップで心地よい歌、最近歌ってたっけ?」って思っていたら、サビで突如鳴り響くトランペット。そして、左右から響き渡る透き通ったコーラス。まるで別世界に連れてこられたような、それともこれから別世界に行くような錯覚に陥る。ここは“醒めない”を保証された音の世界。刹那をちょっとだけ含んだ夢への入口に立たされる。“まだまだ”という言葉の有限を、僕らも、スピッツも知っているけれど、抵抗を続ける。だってスピッツは言うんだもの。

さらに育てるつもり/君と育てるつもり(醒めない/スピッツ

 一発目から爽やかな名曲をぶち込んだ後に聴く『みなと』は、シングルで聴いていた時よりもずっと違う一面を見せる。エレキの弾き語りだけで成り立つような、それぐらいにシンプルなメロディーと構成で、胸にすっと染み込んでくる。『三日月ロック』〜『スーベニア』の頃を思い出すような、遠い誰かに向けて歌う歌。色で例えるなら水色のような、邪気のない、透き通った音で編まれた楽曲。
 そして、本作でいちばん言及したいのが『子グマ!子グマ!』である。男だけど、この曲のAメロ聴いたとき、惚れてしまいそうだったよ……。もう確実に進化している。若い僕が言うのもおこがましいけど、スピッツめちゃくちゃ進化してる。『小さな生き物』の時の『エンドロールには早すぎる』とかあんまり聴いてないけど、このダンスビートは最高に素晴らしいよ。崎ちゃんはどうして今日までこんなにかっこいいドラムのテクと音鳴りを隠してたんですか?スカッと鳴るスネアが最高だし、Aメロの草野さんの低音がセクシーすぎるし、なによりギターのカッティングと、バンドとしてのアンサンブルが凄まじいよ。これはミックスやマスタリングの力じゃなくて、本当にスピッツが熟成している。『小さな生き物』の時から聴いていて心地よい感じはしていたけど、本作は格段に違う。あと、なにかのインタビューで「今回は若いバンド意識せず、おじさんバンドでいいやって無理なくやれたからよかった」と言っていたけれど、これは若いバンドっぽい初々しさがすごくあるぞ……?
 『コメット』はフジテレビ系連続ドラマ『HOPE〜期待ゼロの新入社員〜』の主題歌。はじめてドラマで聴いたときは「ん〜」って感じだったんだけど、アルバムの流れで聴くとこれまた栄えるし、アレンジも素晴らしい。ピアノのフレーズを引き立てることに徹するイントロの楽器隊、そこから一気に引いてボーカルが入る。バンド×ピアノのアンサンブルミディアムポップバラード(造語)は、これまでにスピッツで『ビギナー』などであったけれど、どうにも音に重みがあって、聴き慣れなかった。あれは、バンド側の主張が結構あったからだと思っていて、今回は、それぞれがいつも以上に引き立てることに徹しているから、聴きやすい。サビのエレキでルートたどる感じとか、いつもだったらもっと前に出てきた気がするものね。
 いろんな音が混ざりながらも明るい気分で盛り上げる『ナサケモノ』、「あれっ!?放浪カモメっ!?」と一瞬、ほんの一瞬だけ思うハイテンポな『グリーン』。『グリーン』みたいなドラムパターンの曲、ここアルバム2、3作で増えましたよね。好きですよ。演奏してて楽しそうな感じがすごく伝わってきます。そして、草野さんが、ついにこんなことを歌っちゃうのに痺れる、好き。

コピペで作られた/流行りの愛の歌/お約束の上でだけ/楽しめる遊戯/唾吐いて/みんなが大好きなもの/好きになれなかった/可哀想かい?(グリーン/スピッツ

 スピッツはいつでも、僕らの味方でいてくれる。その姿勢は変わらないんだな、というのがこの楽曲から伝わる。草野さんが自身のことを歌うことをもう躊躇うようになってしまっただけで、僕らに手を差し伸べることを、一生懸命考え始めてくれた、その変化なんだと、メロディーが胸に刺さる。ネットで評判を見ていると人気曲になりつつある『SJ』は、ロックバラードと言えばいいのかな。思い返すと、スピッツにこういった曲はなかった気がする。バンドによっては、こういった曲ってライブ化けする曲だけど、スピッツは淡々とせめてくるあたりがよりグッとくる。真っ暗な宇宙の中で、それは無理だから、静かな場所で、静かな夜空を見上げて聴きたくなるような独りだけの決意を綴った歌。ここまでやってきた道のりを正当化する、そういうことを認めてあげる、スピッツがこんなこと歌うなんてな、ある意味では夢から“醒める”歌でもある。
 ギターのリフからなにからが痛快な『ハチの針』、ジャケットの謎モンスター“モニャモニャ”を歌った『モニャモニャ』。決して世界観は通じてないんだけど、アレンジとかを想像しながら楽曲に浸っていると『ハートが帰らない』を思い出すような、アルバム全体の立ち位置としてもそんな感じの、ペダルスチールが優しくなめらかに響き渡る、子守歌のような歌。『みなと』のカップリングだった『ガラクタ』、マイナーで揺らぎのあるピアノからはじまる『ヒビスクス』。『ヒビスクス』はハイビスカスの花の名前です。Aメロのピアノから、開かれるサビのバンドサウンドが印象的な一曲。マイナーな展開の4つ打ちはスピッツの得意分野ですな。『あじさい通り』とか?あ、これも花の名前だわ。

武器も全部捨てて一人/着地した(ヒビスクス/スピッツ)

 いよいよ終盤にかかって『ブチ』がかかる。ヘッドフォンから重たいギターのストロークが聴こえたとき、心の中で自然と「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」と思いましたが、なにが来たのかはわかりません。でも、この高揚感。しかし、いままでにない高揚感。もうほんとうに、このアルバム、どんだけ傑作なのって感じですね。『ナンプラー日和』かと思いきや、どうしても泣けてきてしまう、メロディーラインと歌詞。大好きな子の前で演奏して、「なんて身勝手なの」って言って振られたい。

お上品じゃなくても/マジメじゃなくても/そばにいてほしいだけ(ブチ/スピッツ)

 そして多くを語るのは避けますが、『雪風』『こんにちは』はふたつ揃って、このアルバム『醒めない』のエンドロールです。まだ生きていかなきゃ、もう少し生きていかなきゃって勇気をもらうエンドロール。まだ、なんのためにとか、どこになにがあってとか、そんな具体的なことはわからないけれど、“物語”はもらった。『醒めない』は醒めてしまったけれど、「最初ガーンとなったあのメモリー」は知らないところで息づいていて、まだまだ温められている。あれっ?“醒めない”と“冷めない”ってもしかしてかかってる?

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