今日もご無事で。

今日も無事なら明日も無事でいて。そんなくだらない話。

遺書みたいなもんが書きたくて〜その3/わざわざ例えなくてもいいじゃない

その1からお読みください
遺書みたいなもんが書きたくて〜その1/これがまた雑なんだな - 今日もご無事で。
その2
遺書みたいなもんが書きたくて〜その2/この感情の行方 - 今日もご無事で。

                                                                                            • -

 腐敗した愛で君の死体を塗りたくった。この部屋にはもう一人分の酸素も残されていない。死を察知した細胞が喚きだし動悸が激しくなる。例えるなら罪を背負った虫けらみたいなものだ。その小さな体に、有り余る程の罪を手にしてしまった。このホテルの外では何事もない日常が繰り広げられているのだろう。意識は遠のき、色彩はモノトーンへと近づいていく。最期に感じたのは、あられもない孤独だった。いくつも残された生々しい平行線。その先になにを描きたかったのだろう。終わりのみえない霖雨の中、ふたりは悲しみを撃った。
 真夜中の公園を徘徊する。秋めいた気候が色欲を掻き立てるのか、ベンチに座り猫のようにじゃれ合う男女が散見される。もしくは本当に猫だったかもしれない。言葉もなく彼らは愛を確かめ合う。夜陰に潜んだ獣の正体を誰が知っているのだろうか。彼女の髪が纏った甘い香水に引き寄せられて戸惑いは姿を整える。もはやはじめから決められていたかのように脳は思考を止める。闇は快楽を求め、光を拒む。ある時にそれは絶望でもあるのに、その時ばかりは若さが勝っていたのだ。希望は決して安易に私たちの前に現れたりはしない、ただ一瞬の快楽によって絶望を忘却することができるならと、その事態を受け入れた。深く傷つけられた彼女の奥底に迷霧が広がった。
 永遠と一瞬、どちらかを選べと言われたら我々はおそらく大半が永遠を望む。しかし、それが愚かな選択であったと気付くまでにそう時間はかからないだろう。かといって一瞬を選べる覚悟を持てる者だっていないだろう。一瞬を選択する者の中にはトチ狂った根拠も哲学も持たない残念な者もいるはずである。往々にして我々は打算的な解答を好む。その正否を問わずして己の後悔すら愛おしく思える解釈を生み出す。解釈と呼ぶのは相応しくないか。“言い訳”と呼ぶべきか。
 人型の陰翳がゆらゆらと無数に蠢いた。色も音もない夢を見ている。まるで悪夢の様だ。場面は突然変わり、非常階段の一段一段にその人影は並んでいる。色も音もない、ただの黒い人影が、非常階段に綺麗に整列している。表情は読めないが、こちらに向けられた数多の視線だけを感じる。次の瞬間、人影はひとつずつ落下していく。上から順に、ドミノのように人影は墜ちていく。
 墜落。
 死んだのだろうか。いいや、影だから落ちたところで死ぬわけではないのか。数百の人影が、順に落下した。
 信号待ちで手を繋ぐ。温もりは肌を伝って感情に色を添える。まるで目の前の赤信号の様に頬は赤らむ。寒さのせいではない、コントロールの利かない温度が自由にふたりの間を行き来する。誰がなにを考えているか定かではない。けれど、一人ぐらいは「永遠」について思いを馳せているだろう。たった二人分の永遠について、一縷の望みを抱いている。さっき飲んだコーヒーの苦みが口一杯に残っている。彼女の煙草の残り香が、やがてそれを調和する。
 決してそう長くは続かない。それは人生ではなく、この短編が、である。ショートフィルムが、続かない。人生なんて彼女にとってはどうでもよいことなのだ。この愛の行方だけが、気がかりだった。それならば、と彼女は特別な証を遺したかったのだろう。不安だけを何度も切り刻み、その度に平行線は描かれた。知らぬ間に立ち込めた積乱雲群が世界中を覆った。
 終わりのみえない霖雨の中、私は悲しみを撃った。